蒼夏の螺旋

  “銀盤の思い出…?”
 


カナダはバンクーバーで開催中の冬季五輪は、
その中盤を折り返し。
高さ、スピード、駆け引きなどなどが繰り出される、
競走競技の数々と同時に。
幾多もの高度な技と、
それらを難なくねじ伏せ統合し、芸術性を醸し出させる練られようとを競う。
魅せる競技も数々と繰り広げられ。
空中へのジャンプ中に、
どれほどの高さとひねりを披露できるかを競う“エア”系のものが、
スキーのみに留まらず、スノーボードでもと加わったのも目新しいが。
それより何よりもという種目。
水泳で言えばシンクロナイズド、舞踏の要素も問われる演舞。
軽快だったり荘厳だったりする音楽に乗せ、
様々なステップやジャンプ、スピンにターンを披露する、
フィギュア部門も華やかに消化されており。

  ペアとダンスはどう違うんだ?
  俺に訊くか、おい

なんていう会話も有りのお暢気ほのぼのと。
毎日、夕方の放送を一緒に仲良く見ていたこちらのご夫婦としても、

 「〜〜〜〜っっ、かぁ〜〜〜〜っ、まおちゃん、惜しいっ!」

世紀の対決なぞと銘打たれ、
恐らくは全国の皆々様が固唾を呑んで見守ったろ、午後一番の名勝負。
こればっかはライブで、リアルタイムで観たいとの、
微妙に無茶な駄々こねた奥方の、そのリクエストにお応えし。
一昨日から仕事の消化ペースをガンガン上げての時間を捻出し、
昼にはすることが無くなっての、しょうがないから外回りに出掛けて来ますと、
余裕で社外へ出られるようにとの、
反則技を自分のスケジュールへ組み込んだ誰か様。
昼食の支度もそわそわしていて手につかなかったらしく、
宅配ピザに肉まんにポップコーンにという、
いかにもなラインナップでのアリーナの準備は万端。
こんなこったろうよと見越していたらしき旦那様が、
途中で某フライドチキンを買って帰ってくれたのも広げてのさて。
食い入るように見澄ました、まだ十代という女王二人の対決だったが、
結果は まあその、ああだったワケで。
前評判からしてあまりに白熱していた対決だったので。
観終わった人は ついつい何かしら、
評したくなるのもまた、無理の無い話であり。
前のに出られなかった分とかさ、
そんだけ長いこと期待ばっかされてての出場だったから、
あんだけのプレッシャーの中で、よくやったって思うけどサ。

 「口惜しいだろな、うんうん。」

安堵もあってのことだろう、少々脱力気味ながら、
それでも“よくやった”と褒めちぎり。
数人分のチキン2パックの大半を、むぐもぐと攻略にかかったルフィであり。

 “関心ないなんて言いながら、
  特集番組やワイドショーのハシゴをしてたしな。”

他人事じゃあないほどに、入れあげての熱中していた彼なのは、
もはやお見通しのご亭主であり。

 「スケートか。郷里でも結構 流行ってた時期があったよな。」

彼らの故郷は宮城の塩竈。
それほど豪雪の地ではなかったが、
二人の住まいに程近い公園には、冬の間だけ自然凍結で作られるリンクがあって。

 「あ、それって俺もエースとよく行ったぞ?」

ほれと差し出されたコーラを、にっぱしという満開の笑顔で受け取りながら、
楽しかった思い出へシンクロしたいか、
クッションの上でゆさゆさとお尻を跳びはねさせながら、そんなお返事を返して来。

 「その頃はサ、男子のスピードスケートが注目されててさ。」
 「あれ? そうだったか?」

そうだった。
そいで、男子はみんな、妙に競走っぽい滑り方し出してさ。
でも、他の人もいんのに危ないからって禁止令が出まくりで…と。
妙なことほど覚えているものか、
それとも自分もまた、せんせーに叱られたクチだからか、
あはは…と、足元をじたばたさせつつ、豪快に笑ったルフィだったけれど。

 「俺が覚えてんのは、ちょっと違ったかなぁ。」

カラシをつけ過ぎたらしく、半分も食べずにパスされた肉まんを引き受けつつ、
ゾロはゾロで、また別なものを思い出したらしい。
夕方までに呼び出しがあれば、社へ戻らねばならないからか、
ネクタイを少しだけ緩めてのスーツ姿を解かぬまま。
こちらさんはソファーに腰掛けていたご亭主の、
スケートリンクにまつわる思い出はというと、

 「随分と早い時間帯に来る子がいてな。」
 「早い時間帯?」

おお。早朝練習の前に、体を温めるのでって公園の中を走ってたんだがな。
そん時に時々見かけた子がいて、

 「まだ小さかったのに、
  リンクの真ん中でクルクルッて回るのがなかなか上手な子でな。」

今時じゃあ3回転だの4回転だの言われてっから、
大したことじゃあないのかもしれないが。
後ろすべりからの飛び上がって、そのまま2回は回ってたからサ。

 「ついついハラハラしちまって、
  無事に着地するまでを、
  じっと見とれたのを覚えてるんだが…って、ルフィ?」

もうカラシはいいってばよと、
齧っていた肉まんを黄色に染められ、
おいおいと奥方の手元から遠ざけた旦那には、
それが無言の抗議だったとは、気がつかれなんだらしかったけれど。

 「…それってもしかして、ゾロの初恋なんか?」
 「はぁぁあ?」

何言い出すかなお前はよ。
だって、そんな、ゾロが女の子のこと覚えてるなんて、
くいな姉ちゃん以外だと、
やっとぉで負けが込んでたヒナさんくらいのもんじゃんか。

 「負けが込んでなんかねぇぞ。」
 「女が相手だったからって手ぇ抜いてたって、ヒナさんに怒られてたじゃんか。」
 「……もしかして口げんかでの“負け”かい。」

話が脱線しかかったところへと、
ぴるるるるる…と、着メロ設定してない誰かからの電話が掛かって来て。
ちょいとお待ちと、出かかった携帯、先にルフィに奪われた。

 「くぉら、ルフィ〜〜〜。」
 「会社じゃねぇだろよ。」

それだったら着メロ設定してたじゃんかと、
口元とがらせ、はいロロノアですと勝手に出たところが、

 「……あ、くいな姉ちゃんだvv」
 【 あら、ルフィなの? ってことは、ゾロは仕事じゃあないのかしら?】
 「今はウチにいてサボってるぞ。」
 「こらこら。」

返しなさいと手を伸ばし、あっかんべえつきで戻されたモバイルへ、
あらためての向かい合えば、

 【 うん、大したこっちゃないんだけれどもね。】

仕事中かも知れないところへかけて来たくらいだ、
よほどに火急か、全然そうじゃないかのどっちかだろうと、
それはゾロにも察しがついており。
だがだが、

 【 さっきのスケート観てたらさ、
  ルフィがウチの近所の公園のリンクで、
  フィギュア選手さながらの回転ジャンプを、
  しきりと練習してたの思い出して。】

  ………………………………おんやぁ?

そっか、だとすりゃあ、
ルフィが言った通り、
それって初恋の予兆だったのかもしれないってことだろかと。
珍しくも表情が固まってしまった旦那様の視線の先では、
可憐な舞姫のン十年後さんが、ちょっぴり冷めちゃったピザと格闘しており、

 【 …何よ、含み笑いなんかして。】
 「いや、何でもねぇよ。」

思わぬカッコで明らかになった思い出の正体へ、
くつくつという忍び笑いがなかなか収まらないゾロだったりしたらしい。


   まだまだ競技は続くぞ、頑張れ日本!!




  〜Fine〜  10.02.27.


  *これを書いてる途中、ながらで見ていた“とりびあの泉”で、
   塩竈のドッチボールチームが出て来て噴いちゃった、
   相変わらずに変なおばさんです。(タイミングよすぎ…。)


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